「北区議会・憲法9条を守る会」沖縄視察報告 |
| 感動の3日間(4月16〜18日)を振り返って |
日本の総面積のわずか0、6%を占める自然豊かな島に、日本に駐留する米軍基地の75%が集中する理不尽極まりない島、それが沖縄の現実でした。宜野湾市の面積の3分の1を占める米軍用地、その中でも4分の1を占拠する米軍普天間基地の存在は、まさに「基地の中に街がある」とのことば通りの現実を目の当たりにしました。
宜野湾市は現在、密集する市街地の中心部に位置し、市民生活に多大な被害を与えている基地の早期返還と跡地利用計画の作成を進めています。伊波市長の「米軍基地の存在は、行政として財政的には貢献していない。返還された跡地の利用で、市内2、800人の雇用が確保された。基地では200人の雇用しかなかった。政府が移転先を探す必要性はない」との発言には心を打たれました。
名護市も同様です。見渡す限り珊瑚礁に覆われた辺野古の海をV字型に埋め立て、2つの1,800b滑走路をもつ巨大基地建設に反対し、今年2月に就任した稲嶺市長は、陸上案反対・V字型海上案支持の前市長派との間で苦悩していました。
今回、私にとっては2度目の沖縄視察となりましたが、太平洋戦争での米軍との激戦地を巡る中で、戦前は本土防衛の「捨て石」とされ、本土への米軍上陸を一日でも遅らせるために、降伏なしの玉砕作戦を強要され、全く罪のない住民が次々と敵である米軍だけでなく、日本軍からも銃口を向けられた忌まわしい歴史に改めて向き合いました。
戦後は65年間の長きにわたり、米軍占領下での屈辱的な生活と復帰後も米軍基地の居座りの中で、常に騒音、墜落事故、米兵による事件など、今でも基地があるが故の本土の犠牲となっています。
本島最南部の激戦地、ひめゆり部隊終焉の地に向かう車中でのベテランガイドさんの迫真に迫る住民受難の説明に、涙が止まらないほどでした。
|
|
|