幕末の銃器について-龍馬とピストル編

Mr.ローソンさんの投稿です。

幕末の銃器について

寺田屋遭難時に所持したピストル。
通説では、高杉晋作が文久2年(1862)上海に渡航した時に購入した物を贈ったと言われている。

型式
S&W モデル2 アーミー
装弾数
6発  32口径リム・ファイヤー
全長
約28cm
(銃身長は4・5・6インチの3種類)

↑写真は、最もスタンダードな6インチモデル。製造開始1861年南北戦争の北軍将校のベルト・サイズ拳銃として人気が有り、62年には向こう3年分の予約が入る程でした。
慶応元年12月に兄権平宛に送った手紙の当夜の模様を綴った中で「右銃は、元より六丸込みなれども、その時は、五丸のみ込てあれば、…。」書いています。当時のS&W社製造のピストルで6連発銃は、このモデルしか存在しません。只、通説の高杉晋作が渡航した文久2年(1862)は、製造国のアメリカは南北戦争の真っ最中であり、上海にこのS&Wモデル2アーミーは存在しません。もし、この時に購入したピストルであれば同じS&W社製でもモデル1になります。

型式
S&W モデル1
 装弾数
7発  22口径リム・ファイヤー
 全長
約17cm

最近の調査において、文久3年・慶応元年当時 長州が大量の外国製ライフルを密輸していた事実が判明しており坂本龍馬に送ったピストルを高杉晋作が手に入れたのは、その頃ではないかと私は考えます。 

 近江屋遭難時に所持したピストル

型式
S&W モデル1 1/2 ファースト・イッシュー
装弾数
5発  32口径リム・ファイヤー
全長
約22cm
(銃身長は、3,5・4インチの2種類。)

 ↑写真は、4インチモデル。製造開始は、1865年。3年間で、2万6千挺を製造。
龍馬が寺田屋で所持したと思われる「S&W モデル2アーミー」と、非常に似ていますが大きな違いは、シリンダー・ストップ(本体と回転式弾倉を固定する部品)がモデル2アーミーは本体上部にあります が、モデル1 1/2は本体下部に内蔵され外見からは見えません。

↑写真は、坂本龍馬が暗殺された40年後に京都の翠紅館で開催された遺品展の写真ですが、ピストル上部にシリンダー・ストップが無いのが良く判ります。また、龍馬の手紙で慶応3年6月24日 姉乙女と姪のおやべに宛てた中に「短銃おこせ(よこせ)とのこと御 申、是ハ妻ニも一ツつかハしこれあり。
長サ六寸計五発込懐剣よりハちいさけれども、人おうつに五十間位へただりてハ撃殺すことでき申候。…」と、あり。当時、S&Wモデル1 1/2ファースト・イッシューをすでに龍馬が所持していたと考えるべきと考えます。尚、このピストルの入手経路については、不明です。