雑巾談 第84回



「ついたついた、いばるん、江戸村だよ」


「けっこう入場料高いわよね。ディズニーランドよりちょっと安いぐらいかしら」


「ケチケチすんなぁ、ホテルで割引券買えたからいいだろ」


「とにかく、4000円も払ったんだからそのぶん遊ぶわよ」


「見ろよいばるん、山だ山。それに江戸風のお屋敷だ。時代劇みたいだよ、雰囲気あるねぇ」


「でもアレね、自分たちもだけど、洋服着てる人たちがいるからいまいち江戸に
溶け込めないわね。入り口で着物とか貸して、強制的に着替えさせればいいの
よね」


「いいねぇそれ。江戸コスプレして江戸村を練り歩く。楽しそうだ」


「せっかくだから、綺麗な着物着て歩きたいじゃない」


「もた子は町民のかっこしたい」


「町民の?」


「そうそう。あんまりきらびやかなのじゃなくてさ、ちょっと薄汚くて」


「はいはい、それでゴザ持って歩き回るのね」


「なんで女乞食なんだよ!」


「だって薄汚いんでしょう」


「汚すぎだよ!」


「わたし、お侍のかっこうしてみたいわ。腰にこうやって」


「ミノつけてね」


「なんで未開人なのよ! 刀! 刀差して!」


「ダメだよいばるん、腰にミノつけて火のついた棒なんか振り回して歩いたら。インパクト強すぎだ、なに村だよここ!」


「やらないって言ってるでしょ!」


「でも、やるならディティールにこりたいところだね」


「そうね。やっぱり殿方は、ふんどし締めるのかしら」


「下着まで! でも、それだともた子たちノーパンになっちゃうよ」


「江戸時代って、女性用の下着ないの?」


「パンツにあたるのは、腰巻だね。これは読んで字の如く、腰に巻くだけの布だよ。迂闊にしゃがんだら中見えちゃうんだぜ」


「それはちょっと困るわね」


「江戸時代はみんな井戸端でしゃがんで洗濯してたからさ、隣の奥さんが薄いか濃いかぐらいはすぐバレちゃうみたいだよ」


「そうなの? それって、風紀上は問題ないの?」


「風紀上っていばるん、江戸時代で風紀なんて、侍ぐらいしか関係ないよ。夫婦交換とか肛姦、同性姦、青姦が普通にあったし、なにより吉原が売買春の場だしさ」


「詳しいわね」


「海が言ってた。下世話な話はおぼえちゃうよね」


「病気とか、大丈夫だったのかしらね」


「梅毒がさかんだったみたいだねぇ。梅毒にかかることを『瘡をかく』って言って、致死率も低かったことからみんな気楽に病気と付き合ってたみたいだよ。男や遊女に至っては、『梅毒にかかって一人前』なんて認識もあったぐらいだし」


「ふーん、変なの。ねぇ、あそこでなにかやってるわよ」


「見に行こう!」





「南京玉すだれだ」


「おぉ、聞いたことはあるけど意外と見たことないわよね」


「あははは、失敗してる。でもおにいちゃんの愛嬌がいいから楽しいなぁ」


「こういう伝統芸能って、やっぱり廃れていってるのかしらね」


「そうかもねぇ。見たらやっぱり面白いんだからさ、こういうのは絶やさないでほしいね」


「なんか、なんかアピールしてるわよ。足元の缶をこっちに押し出してるけど」


「あ、おひねりか! 100円入れるから、お団子でも食べてね」


「初めて見たけど、けっこう面白いのね」


「うん、もた子も帰ったら真似しよ。さては南京玉すだれ〜♪」


「言ってるだけじゃない。ちゃんとできるようにならないと」


「いいんだ、言ってるだけで。さては玉京・・・あれ?」


「違う違う!」


「混ざっちった、えへへ」


「混ぜるな危険よ、もう・・・ね、あそこ並んでるから行きましょうよ。忍者劇やるんですって」


「忍者劇、見たい見たい! フィクションだってのは十分わかってるけど、江戸時代ったらやっぱり侍より忍者だよね。FFでも侍より忍者のほうが強いしね」


「FF関係ないと思うけど。ねぇ、なんかくれたわ。紙。なにも書いてないわね」


「和紙だね、なんだろう」


「中で説明するって・・・あ、始まったわよ。前説のお兄さん出てきたわよ」


この人は始まってすぐ斬られます



「前のジジイ、座高高いうえに頭でかくて邪魔! もっと早くに並んでおけば良かったよ」


「わたし、それが嫌で映画館行かないのよね。前にそういうのがいるだけで、もう映画に集中できないじゃない」


「写真撮ってもいいんだって。いばるん撮ってよ」


「撮るけど、前説のお兄さん撮ってもしょうがないでしょ。始まったら・・・」


「でも、写真撮って欲しそうにしてるよ。ほら、今ヅラなおしたし! 撮れよぉ」


「じゃ、携帯で撮るわね。(ぱしゃ)きゃ、なにか言われたわ!」


「ははは、『写メールでござるな』だって! あのおにいちゃんも面白ぇ!」


「始まったわよ、ほら拍手拍手」


「わ、すげぇすげぇ! アクションすげぇ! 映画に出てくる偽ブルース・リーとか偽ジャッキー・チェンよりよっぽど動いてるよ! かっこいい!」


「演技も上手ねー、お客さんに合わせてアドリブも入れてるし。こういう人たちがドラマとか映画に出てるなら、もっと積極的に見るんだけど。タレントとかアイドルの演技って、ファンじゃなきゃ見てられないもの多いのよね」


テレビ時代劇の殺陣なんか遊びに見えました



「面白かったなぁー、おひねり投げようおひねり」


「もらった紙って、お金包んでおひねりにするのに使うのね。ぽいぽいっと」


「あのさぁ、これ見て思い出したんだけど」


「うん」


「昔さ、もた子が知り合いの関係で素人演劇見に行ったのさ」


「うん」


「チケットに2500円も払って。面白いって聞いてたから、まぁいいかと思って見に行ったらこれがまた、ほら」


「つまんなかった?」


「つまんないとまでは言わないけど、2500円の価値は絶対なかったの。せいぜい500円かな。最後にアンケート用紙渡されて感想書いてくれって言われたから、『10点か評価不能。100点満点で』って書いて出したんだけどさ」


「厭味ねぇー」


「だって2500円取られたんだぜ! 2500円って言ったら新譜も買えるし映画だって見れるお金だ、大金だよ! プロの作品を楽しめるお金払ってまで、素人の演劇なんか見たくないよ」


「気持ちはわかるけどね」


「で、これ見て改めて思った。お金を取るレベルっていうのは、やっぱり違う」


「うん」


「その素人演劇の人たちも、決して演技は下手じゃないの。それでも、やっぱりすっごい差があるね。お金を取る人とそうでない人とでは、すごく明確な実力の差があるんだよ。なにが言いたいかって、金取るレベルじゃない人間に2500円払ったのは、やっぱり悔しいって話」


「結局そこなのね」


「ずいぶん前の話だけど、いま思い出してももったいなかったなぁーって思うよ。500円だったら『まぁまぁだったよ、これからも頑張ってね』って言えただろうし、次に誘われても行ったかもしれないけどさ。2500円だもんな、2度と来ねぇよ!って思った。金取るレベル舐めてんだろ!って感じで」


「素人演劇と、バンドマンのライブはそう思うわよね」


「バンドマンのLIVEは値切れば値切るほど安くなるから、あんまりそういうふうに
思ったことないけどね。500円とか、下手したらタダでくれたりするし」


「新聞勧誘のおじさんみたいよね」


「『あぁーもう来てくれたらいいや!』みたいな。それだったらこっちも文句言わな
い。タダだったら行かなくても問題ないしね」


「ねぇ、次は何見る?」


「えっとね・・・なんか、ねぇ、なんかあそこ、人だかりができてるよ」


「行ってみましょ」


「何があるのかなっと・・・んー、花魁道中? 花魁道中だって」


「なにそれ?」


「花魁が来るんだよ、向こうから」


「なんで?」


「え、なんでって・・・そりゃあの村の井戸を襲うためじゃないかな」


「なんで世紀末になってるのよ! 江戸村でしょ!」


「もた子も知らないから(ぴっぴっ)、もしもし海かぁ、花魁道中ってなんだ?」


「いきなりなんだぁな、花魁道中かぇ。それを話すにゃ、まずは江戸時代における花魁の位置を説明しなきゃいけねぇ」


「うん、説明しろよ」


「おう、辟易するほど説明したらぁ。まずぁ花魁ったら吉原の女だぁな。客を取る遊女だ」


「うん。それがなんで街中歩くんだよ」


「花魁ってもピンからキリでな。一等いい花魁、いわゆる太夫だ大名道具だと呼ばれる花魁になると、あたしらの感覚で言うならアイドルやタレントみてぇな存在になる。当然、客もお大尽(金持ちだな)や大名なんかになって、一般人じゃ会うこともままならねぇ」


「へー! 売春婦がアイドルかぁ!」


「おうおう、売春婦なんてぇ艶消しな言い方ぁするない。高瀬太夫なんざぁ気に入らねぇ客は取らねぇてんで、一生を処女で貫いたんだぜ。アイドルなんぞよりよっぽど綺麗な身体だぁな」


「でも、そんなのは特別だろ」


「まぁな。しかしまぁ、身体を売って金持ちに取り込まれるってのがアイドルみてぇだろ」


「今のアイドルなんて、何年かテレビ出てそのあと脱いで消えていくんだから、花魁のほうが良さそうだね」


「花魁となると高い水準の教養も求められるから、大変は大変だがな。絶世の美貌は当たり前、そこに和歌や能、囲碁に将棋に茶道や華道、絵だ書だとこれだけの技術を持って初めて花魁よ、ちょちょいとツラぁいじってはいアイドルですなんてのたぁそらお前ぇ、格ってもんが違うわな」


「ぜんぜんアイドルと違うんじゃんかよ」


「庶民の感覚で言うところのって意味だよ」


「で、なんで街中歩き回るんだよ」


「お菰さんみてぇな言い方するねぇ。さっきも言ったが、花魁ともなると一般人にゃとても買えるもんじゃあねぇ。しかしそうは言っても絶世の美女だぁ、見てぇと思うのが人情じゃねぇか。そこで、せめて姿ぐらいはと始められたのが花魁道中だぁな」


「ふーん。それで男の人が集まって見てたんだ」


「おぉっと、なにも集まったのは野郎だけじゃあねぇやな。花魁ったら江戸ファッション界の最先端を行く存在よぉ、女も髷の結い方や帯の締め方、着物の柄なんかを参考にするために集まったんだぜ」


「へー、そうなんだ」


「江戸のファッションリーダーったら歌舞伎役者と花魁よ。覚えときな」


「いや、すぐ忘れるけどさ」


「花魁道中ってのは、そういうもんだよ」


「わかった、あんがとね。あ、もう花魁道中が来たみたいだから、電話切るね」


「お、おうっ、ちょっと待ちねぇ! 来たみたいってなんだぁな、お前、花魁道中見てんのかよ!」


「うん、いま江戸村だもん」


「どうよ、やっぱり三枚歯の高下駄ぁはいてんのか」


「知らない、なんだそれ。みんな変な歩き方してこっち来てるよ」


「そらぁ内八文字ってぇ歩き方で、あぁ見てぇ! なんだぁな、お前ぇらなんとか、そいつを動画で撮れねぇか。内八文字だけでいいんだよ、あたしぁそいつを文章でしか知らねぇから是非見てぇんだ」


「いばるん、いばるんの携帯って動画撮れる?」


「わたしの古いから、動画は無理ね」


「もた子の携帯なんか、いまだに画面白黒だから無理だぁ。諦めれ」


「諦めろってお前ぇ、簡単に言うない!」


「帰ったらもた子が真似してやるから、それで我慢しろよ」


「情けねぇなぁおい、きっちり覚えて来いよ!」


「わかったよ、うるせぇなこいつ。じゃあな(ぷち)」


「ほらほら見て、綺麗よすごく」


艶やかとはまさにこのこと



「すごいね、すごいの着てるね」


「さすがに美人ねぇ」


「頭すげぇ、頭。あの、髷、髷なのかな。海は髷って言ってた」


「どうやって結ってるのかしら。カツラなんでしょうけど」


「あんな頭のモビルスーツいたよね」


「いないわよ!」


「歩き方ちゃんと見なきゃ。海に覚えて来いって言われてるんだ」


「あれ、なにか意味があるのかしらね」


「行っちゃった。こうやって、こうかな。こうやって、あれ、これでどうだったっけ?」


「左足を、そっちにじゃないかしら」


「こう?」


「それで、そっちの足をグルッと回して」


「違うよ。内八文字って言ってたから、八にならないと。こうやって、つま先を内側に向けて」


「そうなの?」


「で、こうやって構えて。この動きが陰陽だよね、さぁかかって来い!」


「それは中国拳法、八卦掌の扣歩でしょう」


「ば、バレた! まぁこれでいいよ」


振袖新造さん(花魁のお付の人)も美人でした



「ねぇ、この人情劇って面白そうよ。見ましょうよ」


「見よう見よう」


この奥さん役の人、面白すぎです



「これは落語の『文七元結』っていう人情話だね」


「あ、元のお話があるのね」


「そう。腕のいい左官の文七さんが、ひょんなことから博打にはまって家庭は火の車。そこで、娘のお久が女郎屋に身を売ってお金を作る。そのお金を元に左官としてやりなおす決意をする文七が、商売先から預かったお金をスリにやられ、申し訳なさに川に身を投げようとする奉公人に突き当たる・・・最後は大団円の人情話だよ。海が大好きな話で、何回も話されて覚えちゃった」


「そこだけ聞くと、なんだか暗〜い話みたいね」


「物語後半からいいお話になるよ。もた子も好きな話だなぁ」


「そうなんだ。道理でこの劇、さっきからドリフみたいなのよね」


「コケ方とか、ほんとドリフだよね」


「うん、おっかしいわこの劇、あはは」


「全体的にドタバタのギャグ調でやってるけど、みんな本当に演技うまいね。左官、おかみさん、町娘、番頭、奉公人、みんなちゃんと当時のその人たちになりきってるよ」


「あー、おかしい。落語ってこんなに面白かったのね」


「こうやって見ると、海がハマるのもわかるなぁ」


「ねぇねぇ、記念写真撮らせてもらいましょ」


「そうだね」


この人たちから、古典の奥深さと可能性を感じました



「面白かったね。人情話だったら、今度は『唐茄子屋』とかやってほしいなぁー」


「なにそれ?」


「海が全落語の中でいっちばん好きな話。道楽三昧の若旦那が、懲らしめのために勘当されちゃう。で、おじさんが若旦那に唐茄子、これはかぼちゃだね、を売らせて更正させるの。箸より重いものも持ったことがない若旦那、なんとか四苦八苦して天秤棒かついで唐茄子を売るんだけど、そこで食うや食わずのおかみさんに出会い、なかば押しつけるように唐茄子の売り上げを置いて・・・っていうお話。すんげぇーいい話だよ」


「なんか、どこにでもありそうな人情話じゃない」


「帰ったら海に本借りて読むといいよ。泣けるんだこれが」


「あ、ねぇ、なにあれ」


「なんかでっかい像だなぁ。えぇと、菅原道真様の像だ」


「すごいわねぇ、金塗りよ」


「絵馬を奉納できるんだね。もた子たちもやろうよ」


「うん、あなた何か書きなさいよ」


「えっと、じゃあ・・・」


文才をください、菅原道真様



「書かないから更新がないのよ!」


「どうぞお願いします」


「お願いする前に書きなさいよ!」


「もう神頼みしかない」


「なんでよ!」


「いいじゃんかよ、ほら」


「もう、せっかくだから奉納するけどね」


「はぁ、もうこんな時間だ。そろそろ行かないと、電車に遅れちゃう」


「旅行って、帰りを意識したとたんに冷めるのよねー」


「でも面白かったね、江戸村。いばるんはどうだった?」


「はじめに江戸村って聞いたとき、『面白いのぉ?』って疑問だったのよ。だって江戸じゃない、海なら嬉しいんだろうけど・・・。でも、来て見たらすごく良いわね。劇は役者のレベルがとにかく高かったし、伝統芸能もちっとも古臭くないし。江戸好きじゃなくたって一日中歩き回っても退屈しない、いいところね」


「書かなかったけど、水芸とか花魁劇、おばけ屋敷みたいな地獄寺、とにかく目が回る忍者屋敷と、面白いものはいっぱいあったよね。あと、江戸時代の拷問の様子とか、忍者が実際に使ってた道具とか展示されてて、すごく勉強になったよ。社会科見学とかにもいい場所じゃないかなぁ。もた子的に、ディズニーランドよりずっと面白い!」


「また来たいわね」


「うん。じゃ、おうち帰ろうか」


「はー、明日から学校だわ。いやねぇもう」


動いてるのには会えませんでした



「ばいばい、ニャンまげ。また来るよ」