TSUYOSHIの読書日記



2001年4月28日
ジャパン・レボリューション
〜日本経済大転換へのシナリオ〜
嶌信彦著

 この本は、私の勤める会社に置いてあったものを頂きました。感謝します。

 本書が出版されたのは、日付を見ると1993年6月15日となっています。今からおよそ 8年前のものですから、ジャーナリストである著者が当時どのように日本の状況を見ていたのかを振り返る意味で、今読んでみることも重要なのではないかと思います。

 中身については、当時の現状分析なので、今更どうこういっても仕方ないことだけど、いくつか目に付いたことを考えてみたい。

 改めて思い出したことは、この当時のアメリカは未曾有の大不況下にあったことです。今は、世界中で見てもアメリカの一人勝ちの様相を呈している中で、僅か8年ほど前はアメリカも不況の下で苦しんでいた、という事実でしょう。アメリカのこの経済的な回復力には、本当に底力を持っているのだと思わざるを得ません。

 次に、現在の日本経済で最も強く要求されていることは、不良債権の処理ですが、これは1993年当時においても当然存在していたはずの問題だが、「不良債権」という言葉は登場しない。この時点で不良債権をきちんと処理していればここまでひどい不景気にはならなかったはずだと、現在から見ると言うことができると思う。しかし、当時この問題を早急に処理するために公的資金を投入しようとした首相(確か宮沢喜一だったと思う)に対して、ジャーナリスト、新聞、テレビ、経済評論家、似非経済学者たち、そして国民はこぞって猛反対した。たら・ればの話をしても仕方ないけど、この時に適切な政策を採っていればと、残念でなりません。
 で、本書で出てくるのは、「日本型経営」の行き詰まりという言葉です。確かに、当時は猫も杓子も「日本型経営」の行き詰まりについて論じていたような記憶があるのですが、いつの間にか耳にすることも少なくなってしまいました。本書では、「日本型」と「欧米型」を「現場主義」と「システム主義」として特徴付けて、徐々に日本の現場主義が空洞化し始めていると指摘している。確かに、経済に限らず、スポーツでも、欧米のやり方は勝つためにシステム(ルール)そのものを変えて勝利を目指しているように見える。日本から見ると、「共通のルール上で競争しているのに、卑怯じゃないか」と考えるが、システム(ルール)の変更それ自体も競争なんだろう。これには、経済力だけでなく、政治力、軍事力も考慮に入れた上での戦略であると考えた方がよいのだろう。そして、日本の現場主義は、長く持っても15年と論じている。2008年まで。それより早まるかもしれないと、私は思う。

 そして、西ドイツのシュミット元首相の言葉。「日本は友人を持っているか」という言葉。この問い自体は度々聞かれるが、私だったら、「いることはいるが、極めて少ない」と答える。確かに、日本には知人といえる国はたくさんいる。しかし、友人というと、はて、どれだけいるだろうか。これは、国の話に限らず、個人のレベルでも同様なのではないだろうか。人生において、本当に友人といえる人物は 2〜3人いれば御の字なのではないだろうか。その場その場での友人は、沢山できるのですけどね。本当に自分が困ったときに助けてくれる親友は、本当に数少ないものでしょう。日本が現在の経済力を失っていったときに、その答えは出てくるのでしょうね。


ジャパン・レボリューション〜日本経済大転換へのシナリオ〜 (1993)
嶌信彦著
同文書院
ISBN 4-8103-7144-1


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