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介護制度改革法案に意見を!
私は、この秋にも出される厚労省の介護保険制度改革案に対して、保険者である花川與惣太区長が、同制度利用者並びに関係者の方たちの苦しみや悩み、苦労の数々を理解する意見書を出して、通常国会に上程される同法改正案に反映させる努力をすることを求め、質問します。
27歳の質問からづーっと高齢者福祉の拡充を求めてきた
私が、いまで言う高齢者福祉に関して、この本会議場で質問したのは、1976年(昭和51年)のことでした。一人ぐらし老人のアパート建設、寝たきり老人への入浴サービスや、老人訪問看護制度の実現などを求めて、当時の小林正千代区長と質疑したことを思い出します。
質問のための調査で、私の先輩議員であった筧芳子さんと訪ねた「寝たきり」の一人暮らし老人と面談したことが、私の高齢者福祉施策への関わりを深める始まりとなりました。
ゴミの山の隙間に敷かれた布団に横たわっている老人、手の届くところに置かれた汚物が入ったままの溲瓶、そして、近所の方がおいていってくれた一房のバナナ、……。この光景と異臭に圧倒され続けている私に、筧さんは「こういう人たちが、お風呂に入れるようにしてあげたいの」と私に話しかけたのをいまでも思い出します。こうした経験を皮切りに、お年寄りにかかわる相談は、間断なく舞い込み、その都度質問等を重ねて、高齢者福祉の拡充を求めてきました。
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高齢者の生活実態は変わらない
最近は、精神障害や痴呆の症状が明らかな方からの相談が増えました。前は「寝たきり」といいましたが、いまは要介護者となったお年寄りからの相談も増え、いわゆる「老々介護」所帯や、その家族からの相談も増え続けています。そして、その相談に駆けつける私を待っている光景は、いま紹介した「光景」そのもので、昔とそう変わらないものです。
痴呆症への対応がほとんど無いに等しい状況を実感
私自身が、痴呆症が進む母親の介護に直面したときは当惑し、狼狽しました。そうなることを想定して、兄姉相談の上実家を建て直しして、備えてはいたつもりでしたが、介護の初歩でなんどもつまづきました。介護度が4となりヘルパーさんがきてくれ、また、あじさい荘のデイ・サービスにも通えるようになり、たいへん助かりました。ただし、現行の諸制度では、痴呆症への対応がほとんど無いに等しい状況にあることを、痛切に感じました。
介護保険制度が施行され五年がたちます。私は、この五年間、制度を現場から支えてきた、すべての関係者の方たちのご努力には敬意を表し、また、お礼を申し上げたい気持ちです。
最初から重大な欠陥をもって出発した制度
しかし、この制度は、最初から重大な欠陥をもって出発したことは否めない事実です。それは、この制度が、高齢者福祉関連予算を縮減することを最大の目的とする、財政当局の思惑を背景に、導入されたことから生じた欠陥といえます。
先日、「社会保障学校」がひらかれ、「社会福祉の再編と社会福祉の保険化―生存権保障の再構築に向けて」と題して講演した伊藤周平さん(鹿児島大学教授)が、九〇年代後半からの「社会福祉基礎構造改革」は、公費(税)負担方式の措置制度から社会保険方式を基本とした契約制度に転換したもので、その内容が、
(1)公費負担の軽減
(2)応益負担を原則とする利用者負担の強化
(3)「負担なければ給付なし」の保険原則の強化にあり、
「社会福祉の保険化」が社会保障を崩壊させ、逆に低所得者の生存権をも侵害する事態を生み出していると指摘していました。私は、その通りであると思いました。
保険あって介護なし
この通り、介護保険制度導入に際して国・政府は、従前の高齢者福祉にかけてきた二分の一補助を、その半分程度の財政負担ですむように負担額を大幅にちぢめてしまいました。
そして、このことが、地方財政への負担の転嫁となり、同制度が「保険あって介護なし」と呼ばれる「欠陥制度」となってしまった。このことを、私たちは忘れてならないと思うのです。
こうした欠陥のために、自治体のいわゆる「上乗せ」や「横出し」を厳しく抑制するとともに、介護施設の建・増設や、制度の不備を補うための拡充が、すべて保険料引のひき上げに跳ね返る仕組みとなってしまったのです。
今回の見直しでは、まずこの点が改められるべきです。
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利用料負担のために給付サービスを抑制
一割の利用料という設定でしたが、その利用料負担を心配して、介護サービスを辞退するという高齢者が後を絶たないとう制度の趣旨に逆行する状態が続いています。いまでも利用率は、全国平均が43%そこそこ、北区でも44%前後といったところです。これは、要介護者が利用できるサービスを自己抑制しているということです。
要介護認定を受けながらまったく利用しないという人が2002年度末で全国では、要介護認定者三百三十二万人のうち約八十万人もいるのです。
介護サービスを受けたくとも受けられない
民間医療機関が、当該市に住む介護保険利用者の一割の人から、年金額の調査をしています。
年金のみが収入というお年寄りが介護を受けているわけですが、その人の月額年金額は5万円に満たないものが43%に上りました。
これでは介護サービスを受けたくとも受けられないわけです。
低所得世帯への介護支援策拡充
介護者に関わる経済的負担は、本人はもとより、その家族に、あるいは第三者へも当然に及びます。したがって、低所得世帯の介護者ほど、悲惨な状況に追い込まれることになるのです。私たちが口を酸っぱくして「低所得世帯への介護支援策拡充」を訴え続けるゆえんです。この点も抜本的な改革が求められます。
介護施設はもともと不足
もともと在宅介護を支援する最大の保障として考えられてきた特養ホームなどの介護施設でしたが、出発点から不足が明瞭でした。また、特養ホーム以外の介護施設の建・増設が遅々として進みません。私は、在宅における介護と施設介護を無条件に自由に選択しながら、家族等が介護に従事できる環境こそが望まれると考えるものですが、現実は、ほど遠い状況にあります。七月末現在の北区の「待機者」数は1219名に及んでいます。緊急課題として多様なニーズに応える介護施設の建設がはかられる必要があるのですが、これも、見直し論議では問題の提起すらされていません。
問題、課題は山積
ケア・マネージャーやホームヘルパーの労働実態の改善、増員とともにその質の向上、また、それぞれの事業者と自治体間の密接な関係の確立等々、その問題、課題は山積しており、その改善をはかる必要あります。
要支援・介護の高齢者と家族、関係者にとって、こうした欠陥をかかえたままのいまの介護制度はけっして「だれもが安心して利用、活用できる」制度とはなっていません。
また、痴呆性介護者が増え続ける中で、介護を受けるものも、また、介護をする側にある家族や関係者にとっても、限界を超えた苦労の数々に、絶望感にさいなまれる毎日を送る人がじつに多くいます。介護の必要から失職せざるを得なくなった方、家族間の役割分担がうまくいかないまま家庭崩壊直前という方もいます。まさに悲惨な状況がそこにはあります。
花川與惣太区長は、現行の介護保険制度のもとで起きている利用者らの苦悩を、また重大問題の数々をどのようにとらえてきましたか。
私は保険者である花川区長が、こうした区民の苦しみを理解する区長であってほしいのです。そして、利用者らの声を集めて、意見書を出し、誰もが安心して利用できる介護保険制度にするのだという決意をまずこの場で示していただきたいのです。
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日本経団連が細目にわたり注文
私が重大だととらえる問題は、保険制度見直しにあたっての、厚労省並びに財政担当部局、つまり政府の側からの議論です。四月には、日本経団連が「建議」をあげ、利用者負担の増大化と企業負担の軽減化などを露骨に求め、かつ、細目にわたり注文をしています。
つまり、大企業や国・政府の負担をさらに減少させ、その財政負担は、広く国民に、また、直接には利用者・家族に押しつけることが「負担の公平性」からいって当たり前なのだとの考え方を前面に出してきたわけです。
支援費制度と合流をはかる
急きょ、国庫負担が予想以上に増大化した障害者・支援費制度との合併案まで出してきました。
「ホテル・コスト」を採用
痴呆高齢者対応として特養ホームに「個室」増設の必要は認めたものの、利用者から月額5万円から10万円も負担させる「ホテル・コスト」制度の導入が打ち出されました。
保険料徴収は二十歳から行うことや、
利用料現行一割負担をいっきに二割から三割にすることも出しています。
介護施設の建設等はまったく考えていません。
自治体の、介護保険制度や福祉制度の拡充のための権能の拡大はわずかなもので、財政保障についての真剣な論議が見られません。
七月三十日には、厚労省の改革案づくりに重大な影響を与えるであろう社会保障審議会の意見書がまとめられました。この意見書は、いま私が指摘したような保険制度の矛盾、問題からは目を背けて保険制度導入と制度の有効性を自画自賛し、反省もなく厚労省、財務当局サイドの考え方に沿ったものとなっています。
「介護予防、自立支援」の名のもとに軽度の要介護者への「給付縮減」方針を出すに至っていますが、こうした後退は絶対に許されません。もとより、介護予防は最初から必要なものでしたが、その予防策を積極的に講じると財政負担が自治体か、保険料に跳ね返る仕組みにあることを問題にしていません。
ただし、さすがに、痴呆・介護者の増大化を心配し、グループホームの増設や、「地域ケア」、医療、福祉との連携を進めた「包括的ケア」の実施などを提言はしています。しかし、その責任の所在、肝心の推進体制と財政保障がこれもまた示されていません。
そして支援費制度との合併は、結論を保留し、賛成論とともに、障害者福祉と支援費制度ならではの障害者諸施策の意義を損ねる合併には反対であるとの意見を併記するかたちとしています。
最大の問題は、利用者や関係者の意見、いわば現場からの意見がどこからも集約されていないことです。全国の保険者である市長や区長からの意見がほとんど聞こえてきません。これほど当事者や自治体の意見が軽んじられた議論は珍しいと思います。このまま、厚労省案が示され法案化されてはならないと思います。
介護保険制度の矛盾や、高齢者福祉の後退によって、利用者並びに関係者の方たちへ、また国民に、すべての犠牲が押しつけられてはならないと思います。
厚労省等の見直し議論に対する厳しい批判と、区民要望をとらえた意見書提出、そして高齢者福祉の後退はさせないとの決意を重ねて問います。花川区長の明快なる答弁をお願いします。
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第二の質問は介護施設等を地域にくまなく確保することについてです。
私は、在宅介護を支援するためにも要介護者と家族や関係者にとって、在宅介護と施設介護を自由に選択しながら介護に当たれるような環境ができてこそ、はじめて「安心の介護体制」と呼べると指摘しました。これからは、グループホーム等、要介護者と家族らの施設介護への多様なニーズに応える、様々な介護施設等が求められてくるとも考えます。
さきの社会保障審議会・意見書では、「在宅と施設の二元論を超えて」、「地域における包括的なケア」が求められており、その基盤づくりが必要とされていると指摘するまでになりました。以前からいわれてきた、医療、福祉、そして介護保険、さらに地域住民参画型の体制がつくられ、様々なケアが実行されるような、そうした福祉のまちづくりが必要であるというわけです。意見書では、こうした構想上の「地域」を「普遍的システム」と呼称しています。
私は、この「普遍的システム」づくりが将来の介護環境づくりであるとの認識は大事であると考えますが、そのための「核」となる施設が、地域にくまなく整備されることが大前提であり、その施設整備は、喫緊の課題であると思います。
そのために二点について質問をします。
一点目は、国・政府に対する要望です。深刻な「待機者」の実態把握をさせ、在宅介護を支えるにふさわしい地域介護センターにもなる介護施設等を地域にくまなく確保する「介護施設等建設計画」を立てさせること。この際、介護施設をつくるか、または誘致をすると、保険料の値上げに跳ね返るという仕組みそのものを廃止し、また、特別の国庫負担を行う等その財政保障を十分にさせること、この要請をすぐに行うべきと考えます。
二点目は、東京都にたいし、かつて都と二十三区が、大都市財源から「標準施設」確保をはかってきた経緯をふまえさせ、二十三区域内に必要な介護施設等の建設計画を立て、都区共同の財源をもってこれにあたるよう働きかけることです。
以上二点の質問に明確なる答弁をお願いします。
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第三の質問は、介護保険料と利用料の減免策の実施や、北区老人保健福祉計画にある
「予防介護」施策の拡大、また、そのための財政基盤の確保についてです。
介護保険制度導入時に、日本共産党北区議員団は北区長に対し意見書を提出し、制度の欠陥を補うための、いわゆる「上乗せ」「横出し」施策の実行を求めました。
いま、厚労省の「減免抑制三原則」のもとでも、全国で保険料減免施策実施の区市町村はことし四月現在で841団体に及んでいます。利用料軽減策についてもなんらかの施策を実施している団体がほとんどです。
北区では、また、自立認定者へのヘルパー派遣、あるいは住宅改造費助成の実施などもおこなわれ、これはたいへんに喜ばれています。さきにとりあげた見直し論議の中でも、介護予防策の拡充が大事とされています。給付の低下をさせないで、手厚いフォローをするために、私は、「老人保健福祉計画」の諸施策や健康福祉施策のいっそうの拡充をはかるなかで介護予防環境を作り上げていくべきと考えます。問題は、その財政負担のあり方です。
ここでも、国の責任がまず問われなければなりません。高齢者福祉への二分の一補助の復活など新たな財政支援がはかられるべきです。また、東京都の介護保険制度に対する責任を明らかにして、都における高齢者福祉施策の削減ではなく、いっそうの拡充を求め、必要な財政負担をさせることが重要です。区長の、高齢者福祉全般の前進をはかる決意と姿勢を問い、私の質問を終わります。
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