反戦・平和の旗を
高くかかげて
2002年1月 |
軍事基地の解放から見る北区の歴史
「命どう宝」という言葉があります
平和こそ宝であり私たちの財産です |
| このページは「平和INDEX」 |
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解放運動を振り返る1 2 3
「3」ではお世話になった個人・団体のみなさんをご紹介しています。 |
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自衛隊十条駐屯地解放運動の歴史がわかるパンフレット⇒
まえがき
1米軍接収居座る自衛隊
| 敗戦時、北区内には総面積206万3923u 北区の約一割を占める旧軍用地・施設があった |
| 旧軍用地の約82%が解放 |
58年(昭和33)に突然自衛隊がはいってきた
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自衛隊側の陳情は拒否都市計画審議会で規制強化をはかる
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| ねばり強い運動で実現基地解放 |
2王子野戦病院解放
| 画期的成果をあげた王子野戦病院解放の大運動 |
| 区議会全会一致で開設反対の意見書決める |
| 『米軍ベトナム野戦病院設置反対連絡会議』が結成される |
| たたかいのシンボル団結小屋 |
| 極左暴力集団が運動を分裂、破壊、兆発をくりかえす |
| 《軍用地解放状況調べ (新修北区史による)》 |
3自衛隊協力会とは?
| 〈基地周辺のまちはいつでも危険がつきまとう〉 |
| 〈軽視できない地域への影響…『自衛隊協力会』〉 |
| 〈北区の自衛隊協力会〉 |
| 〈お上の御声がかりでつくられた〉 |
| 〈防災訓練を格好の訓練・宣伝の場に〉 |
| 〈十条駐屯地は独自に地域出動〉 |
| 〈え!自衛隊も町会の一員?〉 |
| 〈高まる「協力会」批判〉 |
4議会論戦・一部解放論批判
| 一部解放論の内容 |
| 〈北区議会の全面解放意見書・決議〉 |
| 〈区民不在・議会のルールをも無視〉 |
| 〈『一部解放論』の論旨…北政同志会〉 |
| 〈公明党〉 |
| 〈自由民主クラブ〉 |
| 〈富岡博文区議の「全面解放でなくなぜ一部解放なのか」〉 |
| 《一部解放論批判》 |
| 〈日米軍事同盟体制を擁護、したがって再配置計画を容認〉 |
| 〈北区にとって自衛隊基地全面解放は絶対必要〉 |
5防衛庁計画の問題点
| 自民、公明、民社、そして社会党も |
| 〈状況を見計らっての「防衛庁計画」の発表〉 |
| 公明党が「積極的」に十条基地建設に道をひらく役割 |
| 〈社会党の「一部解放論」?〉 |
| 〈日本共産党、全面解放の旗を高く掲げてがんばる〉 |
| 防衛庁計画の問題点1から3 |
6非常手段の特例許可を助ける自公民社
| その一 区民無視、区民不在の姿勢 |
| 完全に宙に浮いてしまう計画を助けた罪 |
| 防衛庁の非常手段が「特例許可」だった |
7まとめ |
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王子野戦病院解放運動⇒ 写真集 |
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北区平和委員会の活動紹介⇒ |
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平和のための北区戦争展から学ぶ⇒ |
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赤羽基地の解放状況図⇒ 十条基地図⇒ |
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完成オープンした赤羽自然観察公園鳥瞰図⇒ |
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「極東米國陸軍地図局(キャンプ王子)全図」(丹羽・資料)⇒ |
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平成3年11月 定例会(第4回)-12月13日八百川孝討論⇒ |