運動実る
たくさんの署名が集められ、自衛隊跡地が確保できたならば、必ず、公認・サッカー場の建設をと考えてきたみなさんの、「夢」が実現することになりました。
河川敷の現在のサッカー場は、サッカー愛好者たちが、砂地の石を拾って、平らにして、ボールを蹴り合い、ここに北区のサッカー場をつくってほしいと、運動をしたことがきっかけで、できあがったものです。1976年の話です。
北運動場が、変則的にサッカー利用ができるようになり、ここにきてようやく、北区内のリーグ戦や、サッカー大会が開かれるようになりました。
しかし、北運動場はもともと、陸上競技の練習場で、サッカーをやるには不向きなところでした。河川敷のサッカー場も、正規の広さは、確保されていません。ともに、社会人のサッカー利用には適確なものではありませんでした。
こうした環境の不備はあっても、北区のサッカー愛好者の情熱は萎えることなく、少年サッカーの普及、一般・社会人サッカーの普及はめざましいものがありました。
また、学校体育館を利用した、フットサルも活発化し、サッカー人口は、急速に拡大しました。
生涯スポーツの考え方の広まりとともに、年齢枠別のリーグ戦も始まるようになりました。
また、ユースのサッカー大会も開かれるようになりました。
こうなると、サッカー場の不足は、あきらかで、旧自衛隊基地跡を入手しての「サッカー場の建設」は、すべてのサッカー愛好者たち、また、少年サッカーに参加する親たちの願いになったのでした。
長い時間が費やされましたが、とうとう、正規の広さを確保した、公認グランドの整備が決まりました。
人工芝の進歩
アス・コンの上に緑色のペンキを塗ったのと変わらないという「人工芝」が、登場したのは、35年前頃のこと。あの後楽園のドーム球場の外野部分の人工芝は、当初は、堅くて足の突き上げ感が激しく、スライディングするとかならずユニフォームが破けて、擦過傷を負う。そうした劣悪なものでした。しかも、「塩ビ」製品ですから、燃えやすい。燃えれば「毒ガス」を発生してしまう、という代物でした。
摩擦熱軽減のために、散水が欠かせない、という問題も抱えていました。
この4、5年来、人工芝は急速に進歩しました。
まず、クッション性にすぐれたものが開発されました。ロングパイル方式と呼ばれています。
不燃性です。ですから、災害避難場所などでも使えるわけです。散水の必要はありません。
透水性ですから、雨水が地面にしみこむしくみになっています。
今回、下図・旧赤羽自衛隊基地あとにつくられる「北区サッカー場」は、一番進歩した人工芝を使うようになっています。その人工芝敷設の工事契約案件が、09年9月定例議会に、つまりいま、かかっているわけです。
ナイター照明は500ルクス仕様のものにします。都内のグランドに使用されているナイターは、ほとんど、300ルクス仕様のものですから、ずいぶんと明るいものになるはずです。
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