戦争の時代の革命論に翻弄された20世紀
          ほんろう
  (第二部へ)
 共産主義(コミュニズムKommunismus) 語源はラテン語のコムニスに由来し、コミューン(共同Kommune)という言葉から発想された用語 
 マルクスやエンゲルスは、最初から自らの立場をコミュニスト(Kommunisten)と呼んだ。古くからの共同体を呼ぶときには「Gemeinde」を多用し、新しく来る社会としての共同体を呼ぶときにKommune(例パリ・コミューン)という呼び方をしている。この二人の科学者の構想する共産主義社会とは、資本主義社会の発展から生まれるKommuneということになる。
 共産党宣言にある「各人の自由な発展が万人の自由な発展の条件であるような協同社会」の、協同社会とは、Assoziationのことである。
 なぜKommuneが「共産」という言葉で訳され表現されたのかは不明。それが「生産手段の共有化」を意識した訳語であったことは確かなようだ。
bO01
001〜027(05.4補筆)
 序章 まえがき
 「マルクス・レーニン主義」とは、私に言わせれば戦争の時代の革命論であったということになります。
 私はそのことを第一部と二部を通じて具体的にあきらかにします。第一部最終章では、日本共産党として「マルクス・レーニン主義」を精算することを提起します。レーニン以来の「社会主義革命」と「社会主義社会建設論」が世界中の共産主義運動を席巻した時代を総括し、真の社会発展の道筋を科学的理論を持ってあきらかにしつつ、かつその実践の先頭に立つ「政党」の誕生がいまこそ求められているときであるとの観点から、新しい時代に即応した人間集団・政党のあり方も深く考えてみようと思います。
 
bO02
 第一章第一節更改2007.8
 第一章 ロシア革命
第一節 疑問だらけの社会主義体制
 その疑問に回答を与えることが本論の目的

 今日の社会主義革命論と社会主義社会論・共産主義論は、そのすべてにおいてロシア革命を出発点としたものだった
bO03
 第一章第二節更改2007.8
第二節 ロシア革命を考える
 ロシア革命は本当に社会主義革命であったのか 常識への挑戦

 検証「社会科学総合辞典」 そこから見える「スターリン主義」の弊害
bO04
 第一章第二節更改2007.8
理想的な国家体制の型紙はないか?
 レーニン自身が語る「社会主義は遠い将来の話」
 E・Hカー「ロシア革命はボルシェビキ革命」
bO05
 第一章第二節更改2007.8
 レーニンが追求した社会主義
 エンゲルスの「共産主義の原理」
 ボッファが描いたロシア資本主義
bO06
 第一章第二節更改2007.8
唯物史観に対する「視点」を追加しました。
 マルクス主義とレーニン主義のちがい 
   
資本主義の発展の中に共産主義を展望したマルクス
   資本主義体制を「否定」したレーニン

   
唯物史観「序言・定式」をどう読み取るのか?
 少数者革命
 憲法制定議会は解散させられたが
 戦時共産主義
bO07
 第一章第二節(05.10.9一部補筆)
 性急な社会主義は実行出来なかった
  描いていた社会主義革命そのものが違う
    永続革命の本質 民主主義革命
bO08
 第一章第三節
第三節 特異な官僚主義国家がなぜ現実化したのか?
bO09
 第一章第四節
第四節 ロシア革命の総括
 「ロシア革命」の結論

 革命直後に実際に実行された経済政策の主なものは、当初目標として掲げた「社会主義的政策」ではなく、民主主義的・資本主義的政策であった。

 また、後世に共産主義の見本として紹介された「共産主義」は、戦時下の国家が臨戦態勢として採った強権的な統制経済等であった。


 
そしてこの強権的・軍事的な政治体制が、ソビエト共和国の特徴となっていった。戦時共産主義を反省するにあたり、民主主義の欠如に気付き、民主主義国家を建設しなければならないとの教訓は結局は導き出されることがなかった。
bO10
 第二章新経済政策の顛末
  第一節 
 第二章 新経済政策の顛末
第一節 戦時共産主義の総括は?
 クロンシュタットの反乱 青年同盟の任務

 ロシア革命以降、その指導者はレーニンからスターリンへと移りました。その間に起きたことが、その後に誕生するソ連邦社会主義国家を理解するうえで大事。
bO11 第二節 ロシア革命の画期となったモスクワ県党会議での演説
 レーニンが提起した一国社会主義
 そして新経済政策への路線転換
 甘かったレーニンの官僚主義との闘争
bO12 第三節 演説はどう受け止められたか
 ネップの時代 つかの間の自由
 革命が成功したから「正しいマルクス主義」になった
bO13  第三章 スターリンの独裁
第一節 一国社会主義論争の行方と背景
 トロツキーの役割
bO14 第二節  農業の集団化
 一国社会主義は、実はスターリンの独裁への布石
bO15 第三節 「大粛清」の開始
 謎の共産党第17回大会
 フルシチョフの「秘密報告」
bO16 第四節 ソビエト連邦国家のかたち
 マルクスの社会主義とは違う「自称・社会主義国家」の誕生
 いわゆる「過渡期社会主義論」
 単一の命令系統と統制的経済システム 国有一元化

 17年ロシア革命以降の社会主義革命と同社会建設論と、マルクスやエンゲルスが構想した共産主義社会論とは、ちがうものであったことをあきらかにします。
補論1 私のトロツキー論 私のトロツキー論
 古い辞典との比較から(2003.6)
補論2 一国社会主義論争 一国社会主義論争
 スターリン「宣言」に依拠した社会主義論(2003.6)
 不破哲三氏の「錯誤」は続く
補論3 レーニンとの論争点 トロツキーとレーニンの相違、論争点を探る
bO17  第四章 検証 コミンテルンの功罪
第一節 共産主義インターナショナルへの加入条件
  
「党史」から見る日本共産党の「コミンテルン論」
bO18 第二節 理論、組織・運動論で対立
 
社会民主主義とレーニン・ボルシェビズム
 
そしてナチス・ヒトラーの台頭
bO19 第三節 ナチスの台頭とコミンテルン
 世界大戦 そして解散
bO20 05.11更改  第五章 マルクス・レーニン主義
第一節 マルクス・レーニン主義について
 その用語の使用開始はいつから?
 共産党名もコミンテルンが出発点 共産党宣言との関連は?
bO21 第二節 日本共産党とマルクス・レーニン主義
bO22 第三節 (1)「50年問題」年表
 
コミンフォルム批判とは何か?
 不破哲三氏の近著から見る「50年問題」

bO23 第三節 (2)「50年問題」の背景としての朝鮮戦争

bO24 第四節 「北京機関」とは何か?
bO25 第五節 第五節 フルシチョフの秘密報告
bO26 第六節 「秘密報告」の衝撃
 衝撃の「フルシチョフ秘密報告」から教訓は?
bO27 第七節 不十分に終わったスターリン批判
資料1 1957年モスクワ宣言(全文)
bO28
28 〜36(05.4補筆)
 第六章 第7回・8回党大会と
      マルクス・レーニン主義

「マルクス・レーニン主義」を党是としたことの意味は?
 
日本共産党綱領の改定の本当の意味をつかむには、この第7、8回党大会を読む必要があります。
第一節 野坂報告
bO29 第二節 第7回党大会 党章案
bO30 第三節 モスクワ宣言批判―1
 1957年のモスクワ宣言こそは、世界中の共産党・労働者党を旧ソ連をはじめとする東欧社会主義国家=社会主義体制下に収めようとするものだった。綱領の「定式」のほとんどが、この「宣言」から引用された。
bO31      モスクワ宣言批判―2
bO32 第四節 宮本顕治報告の問題点―1
 この節を読むと綱領改定案の本当の意味が分かります。綱領路線二つの側面・「50年問題」の扱いほか
bO33 ―2 「51年綱領」とは 帝国主義論
bO34 ―3 朝鮮戦争とは?君臨したスターリンほか
bO35 ―4 戦前のたたかい スターリンの死 「六全協」
bO36 ―5 アメリカは帝国主義であったのか? 終戦時のスターリン・ソ連邦
bO37 ―6 共産党の帝国主義論 民主化への評価
 第七章 「マルクス・レーニン主義」と
    科学的社会主義
 
13回臨時党大会は綱領路線の基本の重大な変更であった
60年から76年までの「党史年表」を見ながら「マルクス・レーニン主義」の諸命題がいかに変更されたか。また、その意義はどこにあったのかを探ります。
第一部 最終章 清算 1(更新)
最終章bO1
第一部 最終章 清算
第一節 レーニン主義も清算すべきだ
第一部 最終章 精算 2(新)
最終章bO2
第二節 マルクス・レーニン主義の時代から
人民的議会主義
第一部 最終章 精算 3(新)
最終章bO3
第三節プロレタリア独裁・ディクタツーラ論 1
第一部 最終章 精算 4(新)
最終章bO4
第三節プロレタリア独裁・ディクタツーラ論 2
第一部 最終章 精算 5(新)
最終章bO5
第三節プロレタリア独裁・ディクタツーラ論 3
第一部 最終章 精算  第 節 「未来社会論」は研究のテーマ
     党の綱領には位置づけるべきではない
夢・共産主義第一部終了
第二部は社会主義社会論と社会主義革命論の探求  実在しない社会主義革命