JR浦和駅。
今日も高架化への道のりを歩む。


date : 03.07.01
もう8年も前のこととは。
この頃、私は鉄道を撮り始めてまだ1年あまり。右も左もまだ分からず色々と撮影していたもの。
その頃のホットな話しが浦和駅の高架化の話しであった。
今でも変わらないが、“記録”がメインであったため、これから始動する浦和駅の工事は格好のターゲットとなった。
この頃は115系の引退が押し迫り、湘南新宿ラインの増発を控え、東北線がとても注目を集めていたのも一つの理由である。

date : 03.07.01
2003年夏。
いよいよ、目に見える形で工事が始まる。
まずは用地の整備と客貨線用の保守車用地の撤去から始まった。
線路は大型機材が入れるようコンクリートや木板で埋められた。
保守用地は上記写真の真ん中。車止はホームにくっ付いていたか、無かったような気がする。
2003年10月26日、初の高架化関連工事による旅客列車運休が発生。早朝まで旅客線が運休となった。
この時は旅客下り線の配線変更だったと記憶している。
翌、2004年2月22日には保守用地だったところへ旅客上り線鉄橋をずらす作業が行われた。
これにより、浦和駅旅客線の上野方先端ホームが絞られ、その絞りが元保守用地へ食い込むように延び、上野方は1線分空白地帯が
生まれるような配線へ変更したと記憶している。(下の写真)
左下の写真はホームが絞られ始める部分写っている。
よく見ると黄色い線が途中から1メートルほど中程にずれている。ここから絞り始められている。
元のホームは直線で、削られた部分は基礎が作り直されているので分かりやすい。


date : 04.03.17
一方で、2004年3月13日、115系と211系にとって最後の貨物線運用のあるダイヤ改正が行われる。
115系は貨物線運用が復活し、211系は最後の活躍を見せいていた。
右上の写真の列車は当時の時刻表を見ると、湘南新宿ライン 1210Y 大船行である。
この頃には周辺の用地整備も進み、徐々に仮設柱も建ち始める。
東北客上線が隣線とかなり間合いを取る不自然な配線が広がっているのは僅かな期間であった。
7月に撮影した際には中継信号機が移動し、空白地帯は北行線となっていた。
この空間が高架化への試金石となる。
このあと、南行線を西側に配線変更することにより、高架用地の確保と湘南新宿ラインのホーム用地への転用となる。

date : 04.07.04
一時期は複々単線状態となった。ちょうど配線変更の過渡期で、上の写真の通り、北行線路の残骸が残る。
この配線変更では、隣線との間隔が予め調整され、高架橋建設時の境界用鉄骨が刺さることを前提にされている。
そのため間隔が普通より広く、建設時も建築限界を越えずに済んでいるためこれ以降の配線変更は高架橋への切替時のみとなっている。

date : 05.05.05
2005年5月。
既に南行線も移動し終わり、いよいよ高架橋本工事への準備が整う。
改めて、浦和駅の過去の写真を見ると本当に様々なことがあった。
浦和駅で撮影していたのは保守用地が撤去された2003年から高架化工事が進行した2006年まで。
それもそんなに多くは訪れてはいない。
ただ、当時から高架化工事をちょこっとは記録しておこうという意識があり、構内だけを撮影した写真もある。
今回、浦和駅を題材にしたのは言うまでもない。
今年3月、いよいよ、全面高架化が完成する。
1999年の事業開始以来、11年目にしての達成である。そして今後は貨物上り線の移設とホーム設置が待っている。
今後、浦和駅がどのような変化を遂げていくのが、非常に楽しみである。