Monochrome theater 〜色無き世界より〜
file.019 : ありがとう「500系のぞみ」 〜第三章・別れ〜
2010年2月28日、一つの新幹線車両が大舞台から身を引いた。
その新幹線との“別れ”。

date : 09.11.06
500系との別れはそんなに遠くはなかった。
その中でも私が納得のいった写真が何枚かある。
それが上の写真。夕富士を背に関東平野を東へ向かう「500系のぞみ」。
太陽が沈み、ボンヤリ浮かび上がった富士の峰の眼下を500系が走っていく。
この地に着いた時は富士は見えず、この20分前まで全く見えなかった。
しかし、太陽が沈み、逆行状態が収まると同時に峰が見え、本番の時にはご覧の通り、クッキリ見えるまでに浮き出た。
この瞬間が撮影できたのは私にとって宝物になること間違いなさそうである。

date : 10.02.28
2010年2月28日。
私は「のぞみ」としての最後の走りを堪能するため博多から「のぞみ6号」に乗車した。
勿論、グリーン車指定席。かなり出費が大きかったが、このような時にしかお金をだすことはないと思い購入した。
500系は最後の勇姿を見せつけた。
「300km/h」のテロップ。
今となっては300km/hを出さなくとも運転できるダイヤにも関わらず、山陽の各区間で300km/hをマークした。
500系が胸を張って売りにしていた「300km/h」運転の健在ぶりを見せつけたのである。
この連発にはさすがに驚いたもの。
各駅にはたくさんのギャラリーが集まっていた。
なかでも、徳島駅は最終列車とあって駅員も見送り。
徳島駅員等が「ありがとう『500系のぞみ』」と書かれた大横断幕と敬礼で最後を見送っていたのがかなり印象的だった。
新大阪を過ぎ、東海道区間に入ると有名どころはどこもかしこも人・ひと・ヒト。
270km/hで走っているにも関わらず人山だと分かるほどに集まっていた。
丹那トンネルを抜け小田原を過ぎるとテロップではチリ地震津波による大津波警報の情報が流れる。
東海道線などの「運転見合わせ」情報が繰り返し流され東京まで辿りつけるものか心配になったものの軽快に都心部へ。
そして3000人が集結した東京駅へ到着した。

date : 10.02.28
到着してすぐ、清掃作業に入り、所定時刻で客扱いを開始。
そして12:30、「のぞみ」としての最後の列車、29Aは東京駅をあとにする。
多くのファンや見物客、そしてそこに居合わせた人々に温かく見守られながら29Aは発車していった。
これが本当の“別れ”。
目に焼き付けながら最後を見送った。
無数のフラッシュや感謝の言葉が飛び交った。
「500系のぞみ」。
その斬新な姿に感動したあの時から10年あまり。
そして、ファインダーを向けてきた4年。
色々と思い返せば色々な失敗もしてきた。
最後に辿り着くであろう被写体であったはずの「500系のぞみ」。
しかし、この一枚がラストショット。今出せる自分の限界だった。
凡写真になってしまったのが心残りだ。
これで永遠の存在になってしまった「500系のぞみ」。
私が最後に辿りつくであろう場所は永遠のものになってしまった。
これから私が向かう最後の目的地はどこになるのだろう。
それを考え、一つ心に決めたこと。
この趣味を「やれるところまで極める」ということ。
復活したボンネット特急「とき」のように、いつか訪れる“その時”のために、頑張ろうと思った。
いつか訪れる“その時”こそ、私の終着駅・趣味の高見なのだろうと。
「500系」新幹線電車、東海道新幹線での運用、お疲れさまでした。