Monochrome theater 〜色無き世界より〜
file.015 : ありがとう、京浜東北線209系 〜第一章〜


京浜東北線といえば、、、
「水色の電車」と幼いころ思っていた。そんなときに現れたのが「901系」電車、209系の前身車である。

京浜東北線を跨線橋から毎週眺めていた私は、103系やクモヤ143系を毎回のようにみていた。
それもまだ築堤時代の赤羽駅周辺だ。

そんな築堤時代が終わりかけの頃に現れた斬新な車両。それが901系だった。
A、B、Cの試作3編成が登場し、黒と青の帯をまとった車体はとても「カッコいい」という印象を子供の私に与えた。

901系は量産することになり、1993年、209系という形式となって製造が開始された。
見る見るうちに増え、知らぬ間に103系が消え、209系の世界がそこには広がっていた。



date : 06.11.30 ウラ91編成車内


それから10年余りしたころ、私は鉄道が好きになり写真を撮るようになっていた。

209系はスッカリ京浜東北線の“顔”として定着し、その技術やコンセプトはその後開発されたJR東日本の新型普通電車の全形式のベースとして重要な役割を担った。
209系は“平成の101系”的存在となっていた。

そんな209系の起源はやはり901系として登場した“御三家”とも言えるA・B・C、異色の3編成。

このうちのB編成、209系時代はウラ91編成として活躍した209系910番代はとても異彩を放っていた。
製造元は現在、ステンレス車で業界トップの技術を有する東急車両。
この編成は大窓が従来通り半分に区切られたタイプ。103系と209系の一番中間的存在だった。

車内に目を向ければ、量産車との違いが至る所に見つかる。
蛍光灯は試験的に枕木方向に設置され、ドア頭上にLEDが設置されていない。
車外は偶数号車のみに行先表示器が設置されるなど、かなり目立っていた。
また、VVVFインバータの駆動音も他とは異なる音色でとても楽しませてもらった編成だった。

そんなウラ91編成の車内の写真。
これは上野始発の大宮行き初電車。ちょうど川口〜西川口駅間を走行中にバルブ撮影をした時のものだ。
ウラ91編成はこの撮影から1カ月もせずに、京浜東北線を去り、春を迎えずに廃車されてしまった。



date : 07.07.13 東十条駅2番線


2年前の夏。
この頃はまだ209系しかいない京浜東北線。

京浜東北線209系は混在緩和のため95年から3年かけて6号車に6ドア車を連結した。
ほぼ全ての編成が6ドア車連結だったため、朝の東十条駅の始発ホーム6号車乗車口には誰一人として並ばなかった。
今となっては非常に奇妙な光景が広がっていたのだと感じる。



date : 06.12.17 浦和電車区


第一章、最後の一枚はコチラ。

209系の大規模廃車・改造の始まりとなる2006年12月26日が9日前に迫った12月17日の浦和電車区。
9日後からは浦和電車区の209系に様々な動きが起こり、現在に至るまでとても大規模な動きが起きている。

そんなことはまだちょいと先と言わんばかりだったのがこの頃。
まだホーム検知装置を整備している段階ということもあり、バリエーションが豊かだった。


0番代が72編成、試作が3編成、500番代が2編成。
合計77編成、計770両が浦和電車区、京浜東北線を形成していた2006年前後。
それも現在は数本を残すのみ。見る機会はメッキリ減った。

21世紀型次世代通勤電車として登場し、未来の通勤電車の在り方について一定の方向性を示した斬新な車両、209系。
2000年には後継車のE231系が登場し、その後、E233系に発展。現在も飛躍的に改良が進んでいる。
209系の功績はまだまだ輝いている。


終焉の時が訪れるのも近い。試作車が登場して17年、間もなくピリオドが打たれる。


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