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お盆ってなにT
はじめてお盆を迎える方に

今までお盆もお彼岸も親まかせで自分で行事をした経験がなかったところ、不幸にして家人を亡くして、新しく盆を迎えてどうしていいか戸惑っている、とおっしゃるお客様が少なくありません。そこで東京でのお盆のやり方のごく平易なところを当店でまとめてみました。お盆の習慣は古く、東京は全国からその地方の習俗文化を持った人々が集まっています。各家の解釈やしきたりと相違があったらご容赦いただきます。

お盆は毎年七月十三日から十六日まで4日間行われます。正日は十五日です。「地獄の釜の蓋が開く日」とか「先祖(亡くなった近親者)の霊が帰ってくる日」などといわれ、精霊を供養する期間とされています。
お盆は本来は盂蘭盆(うらぼん)といいます。梵語の《ウランバ ナ》を漢字に音訳したもので、盂蘭とは苦悩を救うの意、盆と は器のことです。すなわち百味百果と称する様々な供え物を盆器に盛り上げて先祖や死者の霊を家々に迎え入れ、ご馳走して慰める(供養する)仏教行事です。
起源は仏説盂蘭盆経にあり、釈迦の十大弟子である目蓮(もくれん)が、死んで地獄に落ちた母を、釈迦の教えに従って七月十五日(自恣じし=仏僧が互いに懺悔しあい解悟する行=の最後の日)に仏僧たちにたくさんの食べ物を施し、供養したことによって救うことができた、という言い伝えに典拠しています。盂蘭盆の習慣は、日本人の死後観や祖先崇拝の民間信仰の中心的な行事として古くから行われてきました。(始まりは推古天皇の時代604年、すなわち日本の国が仏教を受け入れたときから)
盆と正月と古い人はよく言います。楽しみごとの多い現代と違い、昔は正月とお盆は都市部でも農村部でも単調な生活の中で一年のうちの二大行事でした。正月のほうは氏神を中心に現世的な福寿を祝い、盆には先祖や死者の安寧を祀るということが儀式の基礎となっていますが、ともに、祖先と交流し、家族や親類縁者と食を共にする、すなわち普段の仕事からはなれ自分の元々の姿に立ち戻る特別な期間でもありました。盆休みはそのための休日、この時期の各地の開放的な行事は多くお盆に関係しています。

新盆について
亡くなった人(にいぼとけ)が初めて迎える盆を(にいぼん)と言います。特別手厚い供養をします。盆提灯はとくに新盆のしるしとして無地の白貼り提灯、あるいは家紋入りの白提灯を使用します。これを生前の縁者の誰かによって贈られるという習慣もあります。
新盆はほかの祖霊の盆よりも丁寧に供養するために、お坊さんを自宅に招いて読経をしてもらいます。この読経を棚経といいます。また生前関係の深かった人が変わる変わる故人と再開しに訪れます。もてなしやおみやげの用意もしておくべきです。
なお、四十九日の忌み明け法要の前ならば新盆は翌年になるのが普通です。

お盆の準備 棚飾り 十二日頃
お盆の期間中は、狭い仏壇の中に住む位牌や仏具を取り出して、小テーブルのうえに広げます。これを盆棚(魂棚)と呼びます。棚には真菰のむしろを敷きますが、手に入らなければ白布でも結構です。盆棚のお飾り物や供え物については種類やしきたりがこまごまとあったのですが、今の東京ではすべてそれに従うのは困難です。しかし、仏具屋、八百屋、花屋、菓子屋(当店)を巡って尋ねれば盆棚に必要な一応のものは揃います。他に季節の野菜、果物、菓子、花、故人の好物などを揃えてください。むかしは盆市といって露店市が出てすべて買い揃えられました。
精霊の往復の乗り物として、キュウリの馬となすの牛をおがらで足を付けて作ります。これには、来るときは馬に乗って早く来てください、帰りは牛に乗ってゆっくりと、という願いがあるそうです。

迎え盆 十三日
お墓が近所の場合、夕方墓参りに行きお墓をきれいに掃除してから、墓前でおがらに火を焚いてお灯明に移し、花を供え線香をあげます。合掌しているうちに霊はお灯明に移ります。その火が消えないように盆提灯で家まで持ち帰り、盆棚のお灯明に移します。これで無事到着です。まずは、と迎え団子(落ち着きの団子)とお茶を差し上げます。
お墓が遠くにあって灯が持ち帰れないというお宅が今では大半です。玄関先やベランダでお皿の上でおがらに火を焚いても結構です。お墓が近くにあっても墓を経由しないで直接玄関で迎える方法が大半のようで、どこから霊が帰るかについては様々な意見がありますから。
どちらにしても、シンボルとして盆提灯は必要だと思います。棚の脇に吊るしておきます。

盆の期間中は朝昼晩の三度、家族と同じ食事を供えるようにします。霊供膳といい、お盆様と共食(同じ物を食べる)しきたりです。(家族とともに動物食を避けた精進料理ですごすものですが)あげた食べものはどんどん下げて家人で食べて結構です。またどんどんあげてください。お水もたびたび取り替えます。
精霊のあとから餓鬼が一緒についてきて盆棚の下にひそんでいます。いたずらをしないように何か一品を棚の下に差し入れてあげてください。
お盆は仏事であっても忌み事ではありません。楽しい開放的なお祭りです。あまり近々の仏様に対しては少しは遠慮するにしても、とりたててハデなものを避けたりする必要はありません。お参りに訪れたお客様と楽しく過ごしてください。

送り盆 十六日
十五日を送り日とする家も多くあります。
この日も夕方。お墓で迎えた家は同じ要領で、また盆提灯で送ります。線香、仏花、茄子キュウリの乗り物、道中のお弁当やお土産にする盛団子とおはぎ、墓地の後始末を考えるとその程度でいいでしょう。おがらを焚いて静かに見送ります。戸口で迎えた家もまた同じところでおがらを焚いて見送ります。

つかのま帰ってきた死者がまた彼岸へ去っていきます。故人への思いが再びつのる、盆送りはお盆のクライマックスです。八月旧盆になりますが、ご存じの京都の大文字焼や長崎の精霊流しは、見ていて胸を熱くします。
未練があってもどうしてもこの日に送らなければなりません。地獄の門が閉まるといわれます。死者は再び西方十万億土を目指して行を続けなければなりません。日々の供養も欠かさずに……。という信仰、民間伝習に裏打ちされています。

コラム お中元 memo
この時期、「お中元」が花ざかりです。お中元は元々は中国から伝わった素朴な宗教心をあらわす行事でした。上元は1月15日、中元は7月15日、下元は10月15日となっており、上元にはアズキガユを食べて息災を祈り、中元には祖先のみたまを供養するものでした。柳田国男監修の民族学辞典によると、お中元の贈り物の内容は本来は祖先のみたまに対するお供え物で、そうめん・うどん・白米・菓子・果物が多く、それらの供物をいただきながら祖先の霊を慰め生けるものの無事息災を喜んだものといいます。本家筋に座する自らの祖先に対するお供えものの盆と溶け合った行事が、いつしかまだ死んでいない人すなわち自分より年長者へ、または職域や生活での上位者への贈り物へと拡大発展してきました。武家社会が安定した江戸時代からのようです。


お中元のごあいさつに
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